神経病について Neurologic Disease

 動物の神経病と言っても、大変多くの病気があり、ウイルス、細菌、腫瘍、寄生虫、外傷、先天性など様々な原因により、けいれんや後躯麻痺、昏睡などの神経症状を発生します。言うまでもありませんが、動物はどこが痛いか、どう調子が悪いか、何か変なものを食べてしまったかなどを、我々に伝えることが出来ません。頭が痛いのかどうかさえ、我々には診断することはができないのです。ですから、様々な検査を行いながら、診断を進めなくてはなりません。また皆さんが、職場や学校などで健康診断を受けたとしても、どこにも病気がない健康体とは断言できないのと同じように、全ての神経病がその時の検査で異常が見つかるとは限りません。例えば中毒などは潜伏期間がありますので、何かがおかしいと思い飼い主の方が動物を連れてこられても、特徴的な症状がなく各種検査に異常が認められなければ、診断できないのです。神経病も同様に時間をかけて様々な検査を行い、総合的に評価していかないと診断できないものもあります。

  • ジステンパーウイルス感染症

 犬ジステンパーウイルスによる感染症にて神経症状を生じることがあります。
感染経路は、空気感染、経口感染ですので、くしゃみなどでも感染する恐ろしい伝染病です(人には感染しません)子犬が感染すれば、その多くは、比較的短期間に命を落とします。

 症状は、咳、鼻水、発熱、肺炎、食欲減退、元気消失、下痢、けいれん、チック、後躯麻痺など様々です。診断は、臨床症状や犬ジステンパーウイルスの抗原検出もしくは抗体価の測定などにより行います。急性の場合であれば、ほぼ診断可能ですが、慢性の犬ジステンパーでは、必ずしも診断が可能とは限りません。一般的には元気食欲の低下や肺炎、削痩などの症状ですが、神経病すなわちてんかん様発作を起こしたり、脊髄炎を起こし後○後でここの特殊漢字を挿入します○麻痺などを呈したりすることもあります。
 治療法は、残念ながら根治療法はなく、対症療法のみです。初期であればインターフェロンにて治療を行いますが、全ての犬に治療効果があるわけではありません。

  • 椎間板ヘルニア

 好発犬種は、ダックスフンド、ビーグルなどです。これらの犬種は、軟骨異栄養種と言われ、軟骨の形成異常が多く認められます。もちろん、他の犬種でも発生しますので、注意が必要です。
激しい運動や、肥満、不適切な食生活は、この病気の発生を助長します。ミニュチュアダックスフンドが人気ですが、飼い主の方は、この病気を十分認識した飼いかた、育て方が必要です。

 背中の痛みや、起立困難、後躯麻痺(人で言う下半身麻痺)、全身麻痺などです。病変部位により症状が異なります。麻痺になってしまうようであれば、緊急手術が必要になりますので、手遅れにならないように、できるだけ早い治療が必要です。椎間板ヘルニアにより脊髄が壊死(腐る)してしまうと、二度と立つことができなくなります。また、急性の椎間板ヘルニアであれば、1日で完全麻痺まで至ることがありますので、症状が発現したらすぐに治療を始めなければなりません。治療は、椎間板ヘルニアのグレードにより異なり、内科療法から外科療法まであります。
 椎間板ヘルニアとなった犬の数パーセントに進行性脊髄軟化症という致死性の病気を合併することが知られています。この病気は、脊髄の軟化(融解)がドミノのようにどんどん広がっていく病気で、見た目にも麻痺の範囲が急速に広がっていきます。最終的には呼吸中枢などが障害を受け、2~10日以内に死亡します。脊髄軟化症の原因はまだ解明されておらず、治療法も見つかっていません。椎間板ヘルニアの手術をしても、残念ながら進行性脊髄軟化症の発症を回避できるわけではありません。脊髄軟化症の合併が明らかな場合には、手術適応ではありませんが、手術後にこの病気が発症することもあります。

頸部椎間板ヘルニア

 頸部には、7つの首の骨(頸椎)がありますが、その頸椎間の椎間板が飛び出て脊髄を圧迫する病気です。

頸部CT検査(サジタル像)
ちょうど真ん中で体を縦に切った写真です。脳から続く脊髄が確認できます。第3-4頸椎間に椎間板の脱出が見られ、脊髄を重度に圧迫しています。

頸部CT写真(アキシャル像)
圧迫されているところで、輪切りにしたCT写真です。大量の椎間板物質で脊髄がつぶされてしまっています。

治療法

 内科的な治療も行いますが、内科に反応が悪い場合や進行が早い場合には、手術が必要です。手術は、この椎間板物質を除去し、脊髄にかかっている圧を逃がすこと(減圧)を目標に行います。頸部の場合には腹側減圧法(Ventral Slot法)を主に用います。

手術写真
喉のところを切開して、病変部までアプローチしていきます。この際には手術部位を間違えないように、当院では術中にCアーム(手術用レントゲン装置)を用いています。

手術写真
場所を確認し、高速ドリルを用いて、椎体(背骨)を削ります。脊髄が通っているところまで掘り進んだら、脱出していた椎間板を摘出し、脊髄への圧迫を解除します。

▼術後CT検査

術後CT検査
手術部位を確認するために術後にCT検査を行います。病変部の縦切り(サジタル像)ですが、矢印のところの骨がなくなり、椎間板もすべて摘出されたことが確認できます。

術後CT検査
同部位の輪切り(アキシャル像)ですが、椎体に開けた穴と圧迫が解除され、正常のサイズに復した脊髄が確認できます。この犬は、術後数時間で立てるようになりました。

胸腰部椎間板ヘルニア

 ミニチュアダックスフンドなどで、最も多いのがこの部位での椎間板ヘルニアです。後ろ足が硬直したような麻痺のタイプを示します。

胸腰部CT検査(サジタル像)
ちょうど真ん中で体を縦に切った写真です。左が頭側ですが、矢印のところの椎間板が脱出し、脊髄を圧迫しているのが確認できます。

頸部CT検査(アキシャル像)
圧迫されているところで、輪切りにしたCT写真です。大量の椎間板物質(矢印)で脊髄がつぶされてしまっています。一般に首の椎間板ヘルニアより胸腰部のヘルニアのほうが、症状がひどくなります。

▼術後CT検査

術後CT検査(3D像)
胸腰椎(背骨)を高速ドリルで削って穴を開け、その穴から脱出した椎間板物質を除去します。手術方法はいくつかありますが、このCT写真は、片側椎弓切除術を行ったものです。

術後CT検査(アキシャル像)
同部位の輪切り(アキシャル像)です。向かって右側の背骨(椎弓)がなくなり、また脱出していた椎間板も除去され、つぶされてしまっていた脊髄が丸く元の形に戻っているのがわかります。圧迫の解除が確認できます。

  • 脊髄腫瘍

 脊髄腫瘍は、椎間板ヘルニアと症状がほぼ同じです。
 なわち、背中の痛みとか、足の麻痺、全身麻痺などすです。これらの症状は、脊髄の圧迫により起こります。ですから、脊髄を椎間板で圧迫しても、腫瘍で圧迫しても、脊髄が圧迫されたことには変わりがありませんから、症状は同じなのです。どこの部位の障害なのかは、神経学的診断でおおよそ診断できますが、重症の場合、脊髄造影検査やCT検査が必要になります。その検査の結果どこの部位で何により障害を受けているのかが診断できます。

検査法
脊髄造影検査

 脊髄造影検査は、動物に全身麻酔をかけて行います。特殊な長い針を脊髄に刺して、そのなかに、造影剤を注入します。すると脊髄の様子が、レントゲンで評価できるようになり、脊髄の圧迫病変の診断が可能になります。またこの際に脳脊髄液を採取し、様々な検査を行います。

脊髄CT検査

 脊髄造影検査以上に詳しいことが分ります。脊髄の圧迫の方向やその大きさ、腫瘍なのか椎間板ヘルニアなのかも診断できます。

腫瘍により圧迫され
変形した脊髄
手術法
手術法

 脊髄造影検査や、CT検査で診断を行い、その結果に基づいて手術を行います。手術方法は、病変の部位や範囲により異なりますが、脊髄を圧迫している腫瘍の摘出と脊髄 の減圧を目的とします。まず、脊髄にアプローチするため、脊髄を取り囲んでいる脊椎を高速ドリルで切除します。その後、圧迫している腫瘍を切除します。腫瘍であれば、再発の可能性がありますので、病理診断を行い、抗癌剤の投与の検討を行います。手術後は、脊髄の圧迫が解除されますので動物はひどい痛みから開放され、一般的に起立ができるようになります。(ひどい脊髄損傷があれば立てません)

手術写真
腫瘍の位置を脊髄造影やCT検査で確認して、広範囲に腫瘍を摘出していきます。

術後CT検査
手術後CT検査にて確認したところ、脊椎および腫瘍の切除により脊髄の圧迫がなくなり脊髄の形が元通りになってきています(矢印)。

  • 脳腫瘍

 頭を傾けているとか、けいれんしている、眼がみえない、宙をみているなどの症状があれば、脳疾患の可能性がありますので、一度詳しい検査が必要です。なかには、若い動物でも脳腫瘍が見つかることがあります。

頭部CT検査
腫瘍のため脳が右に
寄っています。
頭部CT検査
頭蓋骨が腫瘍により
破壊されています。

頭部CT造影検査
造影剤にて腫瘍がリング状に、
はっきり写し出されています。

脳腫瘍摘出手術

レーザーでの止血
脳腫瘍の摘出
摘出後

 
手術後頭部CT検査
 

術前には著しい脳の変位が認められていたものの
術後脳の変位はほとんど消失しほぼ正常に復してます。

  • 水頭症

 脳脊髄液が異常に脳内に貯留し、脳を圧迫する病気です。
 チワワ、ヨークシャーテリアなど、トイブリードに発生することが多く、その殆どは、先天性疾患で、頭が大きく、成長不良、けいれん、旋廻、知能の低下などがみられます。 まずは、内科的に治療していきますが、内科治療に反応しないような重症の場合は、シャント手術を行っていきます。

頭部CT検査(アキシャル像)
脳内(脳室内)に過剰な水が溜まってしまい。脳室の拡張が顕著です。

頭部CT検査
頭の中心部近くのCT画像ですが、水が大量に貯留し、脳は薄っぺらく圧迫されています。大脳は押しつぶされて殆ど見えなくなっているほどです。

治療法

 この病気の治療の基本は、過剰になっている脳脊髄液を抜いてあげることです。まず、内科的に治療を行っていきます。お薬として、利尿剤などを使用しますが、脳室内の水を減らし脳の圧力を下げていきます。てんかんに対するお薬を与えることもあります。その多くは内科的治療でコントロールできますが、いくら内科治療を行っても、けいれんが頻発したり、入退院を繰り返すような動物には、外科治療を行っていきます。外科的にはVーPシャント術を行っていきます。残念ながら決して、完治する病気ではありません。

手術法
シャントン手術

 この病気の治療の基本は、過剰になっている脳脊髄液を抜いてあげることです。内科的には、脳圧降下剤とか、利尿薬などを使用しますが、外科的にはVーPシャント術を行っていきます。残念ながら決して、完治する病気ではありません。その殆どは内科的治療で十分ですが、いくら内科治療を行っても、けいれんが頻発したり、入退院を繰り返すような動物には、外科治療を行っていきます。

脳内にチューブの片方をいれて、もう片方をお腹の中
にいれる手術を行います(VPシャント術)。脳室内の
過剰な水は、そのチューブの中を通りお腹の中に流れ、
そこで吸収されます。

術後の頭部レントゲン写真
脳室内(水がたまっているところ)に、脳室管を挿入します(矢印)。脳室管はバルブを経て腹腔管に接続します。過剰な脳脊髄液は脳室管から腹腔へ流れていきます。

頭部CT検査(アキシャル像)
脳室管が脳室内に位置していることがわかります。脳脊髄液が抜けてくると将来的に、脳室が正常化してきて、脳室管の位置を調整しなくてはならないこともあります。

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