生殖器病 Genital Disease

 犬や猫の妊娠期間は、約2か月です。妊娠の診断は、超音波検査で行いますが、交配して1か月程度で診断の信頼度が高くなります。また、妊娠している胎子数の確認はレントゲン検査で行いますが、交配後50日くらいになると胎子の骨がしっかり写ってきます。何匹出産するのかわからないと難産を見逃してしまうため、胎子数の把握は非常に重要です。
 出産は、交配後平均63日±7日目と言われていますが、2週間もずれがありますので、あまりあてにはならないかもしれません。しかしながら、個体差はあるのですが、犬では、分娩前8~24時間前になると体温が2~3℃低下します。体温が下がってきたら、出産が近いと思ってください。猫の場合は、出産1、2日前から食欲が低下することが多いので、このサインを見逃さないようにして下さい。
 出産が始まると、一般的に1~2時間くらいの間隔で出産していきます。ほとんどは正常分娩(安産)ですが、胎子の出産間隔が4時間以上あいた場合には難産の可能性があります。すみやかにかかりつけの動物病院に行かれたほうがいいです。病院内でレントゲン検査や超音波検査を行いますが、胎子が弱っているようだとそのまま帝王切開となります。

 個人的なことなのですが、私が今飼っている犬は3代目なんです。今はおばあちゃん犬も母犬も亡くなってしまったのですが、家で子犬を産ませて、おばあちゃん犬、母犬、孫犬と3代揃って飼っていました。うちで飼えない他の子犬は親類縁者にもらってもらったのですが、環境が許すのであれば、すぐに去勢不妊手術をするのではなく、一度は子供を生ませてもらって、その子犬たちと一緒に暮らせるととても楽しいです。子犬のかわいさとそれを育てる楽しさ、一度味わってもらいたいとも思います。何とも幸せな気分になります。

生殖器病と去勢・不妊手術

 生殖器とは、子孫を残すために必要な器官ですが、人でも乳がんや子宮頸がんなどが問題になっているように、犬で最も多い腫瘍は、乳腺腫瘍です。子供を残すことを望まないのであれば、去勢手術や不妊手術を行うことが推奨されています。何歳でも行うことができますが、6カ月~10カ月で行うことが理想的です。しかし全身麻酔下での手術となりますので、発情期や体調不良の時は避け、健康な状態のときに行います。

去勢手術

 去勢手術とは、犬猫とも左右の精巣を摘出する手術です。去勢手術を行うことで、精巣腫瘍は理屈上、発生しなくなり、前立腺疾患が発生するリスクを抑えることができます。また、マーキングやマウンティングなどの問題行動の改善の可能性、雌を追い求める発情のストレスからの解放、妊娠を防ぐ等も去勢手術のメリットとして挙げられます。
 去勢手術とは、犬猫とも左右の精巣を摘出する手術です。一部の犬において、手術の際に用いる縫合糸に反応して肉芽腫が生じ、お腹の中で様々な問題を起こすことがわかっています。もともとは、その犬の糸に対する一種のアレルギー反応なのですが、術後数か月から数年もして肉芽腫が大きな〝しこり″となり、腸閉塞や尿管閉塞、皮膚に瘻管形成(治らない再発性の傷ができる)を生じたりします。そしてそれを取り除く大がかりな手術をしなくてはならないことがあります。そのため、当院では、すでに数年前から去勢手術の際に、血管シーリングシステムを用いており、体内に一切の糸を残さない手術を行っています。

不妊手術(避妊手術)

 不妊手術を行うことで、乳腺腫瘍や子宮蓄膿症などの子宮疾患、卵巣疾患の予防、偽妊娠を避ける、発情による体調不良やストレスからの解放、妊娠を防ぐことができます。犬の腫瘍で最も多く発生しているのは、乳腺腫瘍ですが、不妊手術の時期と乳腺腫瘍の発生率には強い関係があります。表に示すように、ある報告では、初回発情より前に手術を行うと0.05%しか乳腺腫瘍にならないのに、初回発情後だと8%、2回目の発情以降だと26%の腫瘍の発生率となってしまいますので、2回目の発情前の不妊手術が推奨されています。もちろん、早期に不妊手術をしないと必ず乳腺腫瘍になるという訳ではありませんが、出産を考えられていない場合には速やかに手術をすべきだと思います。ただ、個人的な意見ですが、子犬を生ますとすごいかわいいんですよね。前述したように子犬を産ませて3世代で犬を飼っていたのですが、大家族で犬同士も仲が良かったですし、交わりが深かったですね。乳腺腫瘍の予防という観点であれば早期の手術が望ましいですが、目的があれば、繁殖させたのちに不妊手術という方法も1つの選択肢だと思います。
 あまり飼い主の方はご存じではないでしょうが、実は不妊手術といっても、様々な手術方法があります。卵巣と子宮をすべて取る方法や卵巣のみを取る方法、子宮のみを取る方法、卵管や子宮の一部を結紮したり、切ったりする方法など、いろんな方法で手術がされています。不妊手術をしたのに、発情をしている、子宮に膿がたまった、悪露が出ているなどの症状の犬を見ることがありますが、卵巣が残っていれば発情したり、再発性の膣炎を生じたりしますし、子宮が残っていれば子宮に膿がたまったりします。
 当院では、犬も猫も左右の卵巣と子宮をすべて摘出する手術(卵巣子宮全摘出術)を実施しています。それと重要なのは、犬における肉芽腫の発生です。去勢手術と同様に、不妊手術の際にお腹の中で糸を使用すると、あとで大変なことになることがあります。いろんな犬を見てきましたが、ひどい子では膀胱の一部を摘出し、尿管移植をし、腸の一部を摘出しないといけなくなったこともあります。ですから、当院では、すでに数年前から不妊手術の際に、血管シーリングシステムを用いており、お腹の中に一切の糸を残さない手術を行っています。また、不妊手術をいっても犬や猫には決して負担の少ない手術ではありません。当院では、万が一を考え、術前の検査は必ず行い、また術後も痛みの治療(ペインコントロール)を積極的に行っています。 〝たかが不妊手術″ではありません。

▼不妊手術の時期と乳腺腫瘍の発生率の関係

初めての発情の前の不妊手術 0.05%
初めての発情と2度目の発情の間の不妊手術 8%
2度目の発情の後の不妊手術 26%

雄で発生の多い病気

  • 潜在精巣(陰睾、停留睾丸)

 生まれてすぐの犬や猫の精巣はまだお腹の中にありますが、生後2週間くらいからお腹の中から陰嚢に移動し始めます。そして陰嚢の発育とともに、正常な位置に収まりますが、精巣の片側もしくは両側が正常な位置に収まらないことがあり、これを潜在精巣と呼びます。潜在精巣は、陰睾(いんこう)や停留睾丸とも呼ばれておりますが、すべて同じ意味で、性成熟に達しても両方もしくは、左右いずれかの精巣が陰嚢内に移動しない(降りてこない)病気を示します。
 陰嚢の発育には通常4ヵ月以上かかりますので、目安として、生後半年経過しても精巣が陰嚢に降りてきていない場合、潜在精巣の可能性が高くなります。潜在精巣はお腹の中や鼠径部、陰茎近くの皮下にあり、一般に、正常な精巣よりも発達が悪く小さいです。これを放置しておくと、加齢とともに精巣の腫瘍(特にセルトリ細胞腫:後述)や捻転を引き起こすリスクが高いことから、早めの去勢手術が推奨されています。なお、両側性の潜在精巣は生殖能力を持たず、片側の場合は生殖能力を持ちますが、繁殖に用いることは薦められません。潜在精巣の手術では、左右の精巣を摘出するのですが、お腹の中に留まっている精巣を見つけ出し摘出していきますので、一般の去勢手術より傷が大きくなります。

  • 前立腺肥大

 前立腺肥大は去勢していない老齢の雄犬に見られる良性の前立腺過形成です。無症状で経過することがほとんどですが、排便回数が増加したり、排便の際にいきみやしぶりなどの排便困難になることがあります。また、尿に血が混ざったり、排尿しにくそうにすることもあります。去勢手術によって肥大した前立腺は縮小しますが、早期の去勢手術によって発症の頻度が低下しますので、早めの去勢手術をお薦めます。

  • 精巣腫瘍

 犬の精巣に発生する腫瘍には3種類(間質細胞腫、精上皮腫、セルトリ細胞腫)があり、片方の精巣が大きくなったとか、潜在精巣がお腹の中で大きくなって腹水が溜まってきたりして来院されることが多いです。精巣腫瘍は、間質細胞腫が最も多く発生しています。転移率は、間質細胞腫と精上皮腫は低いものの、セルトリ細胞腫は転移率が高いため注意が必要です。また、間質細胞腫と精細胞腫は陰嚢に下降した精巣から発生するのがほとんどに対し、セルトリ細胞腫の半分は潜在精巣から発生すると言われています。
 一方、猫における精巣腫瘍の発生は非常にまれですが、発生した場合にはそのほとんどが悪性であると言われています。

治療法

 いずれの腫瘍に対しても、治療法は精巣摘出術(去勢手術)です。精巣の腫瘍は去勢手術によって予防することができますので、早めの去勢手術の実施が肝要です。言うまでもありませんが、腫瘍になった精巣を摘出してもすでに転移していれば腫瘍で死亡する可能性が高くなります。

精巣腫瘍
 写真向かって右が左側の精巣ですが、右側と比べ明らかな腫大が認められます。 陰嚢ごと左右の精巣摘出手術を行ったところ、左右ともにセミノーマという腫瘍でした。

雌で発生の多い病気

  • 乳腺腫瘍

 乳腺腫瘍は、雌犬に発生する全腫瘍の約半数を占めており、雌犬で最も多く発生する腫瘍です。悪性腫瘍である可能性はその約50%で、悪性腫瘍の半数が浸潤性や転移性が強いと言われています。性ホルモンの関与が考えられており、前述しましたが、早期の不妊手術により発生が有意に抑えられ、その発生のリスクは未避妊の犬を100%とすると、初回発情前の不妊手術で0.05%、1回目以降で8%、2回目以降で26%とされています。未避妊の犬は不妊手術を受けた犬の7倍この腫瘍になりやすいと報告されています。
 一方、雌猫では、全ての腫瘍の中で3番目に多い腫瘍で、乳腺腫瘍の約80%が悪性腫瘍だと言われています。1歳までに不妊手術を行うことで、その発症リスクが86%減少したという報告があります。猫の乳腺腫瘍で犬と異なる点は、悪性腫瘍が多発する傾向があり、その割合は約80%以上と言われています。さらに約半数は複数の乳腺に同時に発症し、これらは悪性度が高く、治療しないと急速に転移などが起こります。

治療法

 治療は、早期の外科手術による積極的な切除が推奨されています。犬猫とも乳腺腫瘍の大きさが3㎝を超えると術後の再発率も増加していき、猫では生存期間も短くなりますので、とにかく早期の外科手術が必要です。また、手術は、腫瘍ができている範囲にもよりますが、乳腺の部分摘出や片側乳腺摘出術、両側乳腺摘出術などを行います。ただし中には炎症性乳癌といわれる腫瘍があり、これは悪性度が高く治療に対しても抵抗性が高いため、基本的には外科手術は禁忌とされています。症状として複数の乳腺とその皮膚に急速に広がり、熱感、疼痛、発赤、腫脹、浮腫がみられます。この乳腺腫瘍は前述したように、早期の不妊手術によりその発生を抑制できる腫瘍です、発生の多い乳腺腫瘍を是非予防してください。

犬の乳腺腫瘍
 右側の乳腺に、人の握りこぶし大の腫瘍ができています。右側の乳腺をすべて摘出する手術を実施しましたが、悪性の乳腺腫瘍でした。

  • 子宮蓄膿症

 子宮腔内の細菌感染による炎症により膿汁が貯留する疾患で、性ホルモンの分泌が深く関与していることが知られています。犬では6歳以上で発情後約1~2カ月での発生が多く、出産を経験していない犬に多く認められます。この疾患は外陰部から排膿がみられる開放性と排膿がみられない閉鎖性がありますが、一般に閉鎖性の方が発見が遅れ、中毒症状が重い傾向にあります。症状として食欲不振、元気消失、多飲多尿、嘔吐、外陰部の腫大、開放性であれば外陰部からの排膿などが挙げられます。

治療法

 治療は、早期に外科的に卵巣と子宮を摘出することです。抗生物質の全身投与も行っていきますが、治療が遅れると子宮の膿が全身に回ってしまい、敗血症となり、腎機能の低下やショック状態に陥り、死亡することも珍しくありません。この病気も、不妊手術(卵巣子宮摘出術)を早期に実施しておくことで、予防することができます。
 猫では犬と異なる点があり、若齢でも発症すること、開放性が多い、嘔吐や多飲多尿が明らかでない等が挙げられます。治療は犬と同様に卵巣子宮摘出術を実施することです。

巨大な子宮蓄膿症
 手術をしている人の手と比べて下さい。子宮に膿が貯まってこんなに巨大な子 宮になっていました。卵巣子宮全摘出術にて治療をしております。悪露が出ないタイプの子宮蓄膿症でした。

  • 卵巣の腫瘍、子宮の腫瘍、膣の腫瘍

 卵巣の腫瘍は、犬、猫ともに不妊手術が行われていることが多いため、その発生は少ない傾向にあります。最も多いのは顆粒膜細胞腫で、他にも腺腫、腺癌、セルトリ細胞腫などが報告されています。これらは片側に発生することが多いですが、両側に発生することもあります。多くは出産を経験していない犬に発生します。症状としては、腹囲膨満、元気・食欲減退などで、顆粒膜細胞腫では貧血、脱毛、持続的な発情などがみられることがあります。治療は卵巣子宮摘出術ですが、進行した悪性腫瘍ではそれに加え抗がん剤投与も考慮されます。
 子宮の腫瘍も卵巣の腫瘍と同様の理由で、その発生は稀です。犬では約80~90%が良性平滑筋腫で、10%が平滑筋肉腫です。猫では、そのほとんどが腺癌です。症状は非特異的で、偶然みつかることが多いです。治療は切除可能であれば、卵巣子宮手術を実施します。良性腫瘍は摘出により予後は良好とされています。
 膣の腫瘍はあまり多く発生しませんが、卵巣や子宮の腫瘍よりは多くみられます。犬で一般的なのは良性腫瘍の平滑筋腫です。この腫瘍はホルモン依存性であるため、卵巣子宮摘出術で発生は予防できます。陰唇部より腫瘍が突出することが多く、腫瘍が大きければ排便、排尿に影響することもあります。血様の分泌物がみられる場合もあります。治療は外科的な切除が第一選択ですが、放射線療法、化学療法を用いる場合もあります。

膣の平滑筋種
 犬のお尻を横から見た写真です。肛門の下のが大きく腫れているように見えま す。膣内に巨大な腫瘍ができてしまい、便も出づらくなっていました。骨盤まで 開いて腫瘍ごと膣などを摘出しました。

  • 膣炎

 雌犬は避妊の有無にかかわらず、繁殖のどの場面でも発症する可能性があります。雌猫では稀です。細菌感染やウイルス感染、異物、外傷などによって生じますが、最も多いのは細菌感染によるものです。膣炎にかかると、外陰部から粘液性、化膿性の分泌液が排出されることがあります。性成熟前の若年性のものは、排膿以外の症状はなく、初回発情後に自然治癒することがあります。性成熟後は細菌性の膣炎が初めに起こり、これが原因となって様々な病気が生じることもあります。しかし尿路系異常による二次的なものも多いです。

治療法

 治療は症状により、消毒薬による洗浄や抗生物質の投与が行われます。また、卵巣を摘出されていない避妊手術を受けたという犬では、再発性の難治性の膣炎を生じます。不妊手術をした後も発情の兆候がある場合には要注意です。その場合の治療法は、再度の不妊手術です。残されている卵巣を探す手術になりますので、ずいぶんと大変な手術になります。

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